ライターズブルース

読むことと、書くこと

人を殺してしまった後には

『殺人者たちの午後』/トニー・パーカー/沢木耕太郎 訳/飛鳥新社/2009年刊 『死刑』/森達也/角川文庫/2013年刊 一度読んだだけでは消化不良で、そのうちまた読もうと思ったものの、棚に挿したまま長いこと開かなかった本がたくさんある。たとえば『殺…

ひと箱古本市の準備(その2)

フェア「男と女と、フェミニズム」を検討中。 先週に引き続き出店の準備を進めながら、一つ気がかりなことがあった。案内文に次のように書いてある、「栞とペンを用意するので、出品する本のコメントを書いてください」。10時くらいに集合して、11時オープン…

ひと箱古本市の準備(その1)

「出版の明日はどっち?」フェアを検討中 引越しから二年近く経って本棚に本が入りきらなくなってきたので、一箱古本市というものに参加してみることにした。一箱古本市は東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)から発祥してここ二十年くらいでほつほつと全国に…

産業と信仰心についての覚書き

『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』/スティーヴン・ウィット/関美和・訳/ハヤカワノンフィクション文庫/2018年刊 『誰が音楽をタダにした?』は1990年代から2010年代にかけて、音楽の流通形態がCDからストリーミング配信へと移り替…

お知らせ(ブログタイトルの変更)

ブログを始めてだいたい一年になります。だからというわけではないけど、タイトルを改めました。 (旧)捨てられない本 (改)ライターズブルース 当初は、何を書くか毎回考えるのは大変そうだなと思ったことと、ちょうど引越しで大量に本を処分した後だった…

20年越しの「編集」考

『圏外編集者』/都築響一/朝日出版社/2015年刊同/ちくま文庫/2022年刊 文学フリマというイベントが初めて開催された年、私が在籍していた大学のゼミでも、作品集を出品しよう、ということになった。自分たちの書いた小説(のようなもの)を一冊にまとめ…

男の◯◯、女の◯◯

『女の絶望』/伊藤比呂美/光文社文庫/2011年刊 兄や姉と一緒に『ルパン三世』の再放送を見ていた頃、オープニングソングで「お~とこには~じぶんの~セェカァイがぁある!」というBメロに差し掛かると、子ども心に「女にはないのかなあ」と思ったものだ…

新しい本、古い本。新しい言葉、古い言葉。

『文車日記−私の古典散歩−』/田辺聖子/新潮文庫/昭和53年刊 たまには最近買った本の話を。と思ったわけではないけれど、小池昌代さんの訳による『百人一首』(河出文庫)がおもしろい。正月に甥っ子や両親とこたつを囲んでカルタ遊びをした後、本屋で見かけ…

修行と教育、もしくは指導

『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』(上)(中)(下)/ゲーテ/山崎章甫訳/岩波文庫 編集者と原稿のやりとりをしていると、たまに「だったら自分で書けば」と思うことがあった。従ったほうが記事が良くなると思えば従うし、注文を受けての原稿だからなるべ…

レシピ本大賞さんへ

『土井善晴さんちの「名もないおかず」の手帖』/土井善晴/講談社+α文庫/2015年刊 レシピ本大賞というものが気になっている。今年はどの本が受賞するんだろうかと気にしているのではなくて、そのあり方が気になる。本屋大賞と比べて知名度も影響力も低い…

追悼文についての覚書き

『友よ、さらば 弔辞大全Ⅰ』/開高健・編/新潮文庫/昭和61年刊 『神とともに行け 弔辞大全Ⅱ』/開高健・編/新潮文庫/昭和61年刊 15年前に少々変わったなりゆきで、物故した陶芸家の追悼文を書いたことは前回に記した。当時その種類の原稿を書いたことの…

うつわについての覚書き

『自分で焼ける 何でも焼ける 決定版 七輪陶芸入門』/吉田明/主婦の友社/平成14年刊 誰かを指して器が小さいと言えば悪口になるし、器が大きいと言えば褒め言葉になる。でも、必ずしも大きい方が良いとも限らないんじゃないか。私がそう思うのは、若い頃…

お知らせ

微熱で頭がぼーっとするため今週の更新はおやすみします。風邪かな、花粉かな。 見にきてくださった方、ごめんなさい。 花屋で雪柳をみかけるとだいたい毎年買ってしまう。今年のも枝ぶりがなかなか。

中間報告

『新版 エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』/ハンナ・アーレント/大久保和郎訳/みすず書房 学生の頃、ある講義の課題として以下のテーマが与えられた。 「第二次世界大戦における極限状況下で、表現者たちは表現し得たか」 学生の立場とし…

責任の墓標

『作家の値うち』/福田和也/飛鳥新社/2000年刊 大学受験のときは理工学部を志望して一年浪人までしたのに、結果は惨敗で、受かったのは予備校の先生に勧められて受験した某私大の環境情報学部だけだった。入学はしたけれど、これという目的もなく漫然と大…

会社員たちへ

『男たちへ フツウの男をフツウでない男にするための54章』/塩野七生/文春文庫/1993年刊 塩野七生さんの『男たちへ』のようなコラムを書きませんか、と言われたことがある。もう二十年近く前の話だ。駆け出しのフリーライターにとって原稿の依頼は何でも…

プロとアマチュアと、それ以外

『波止場日記 労働と思索』/エリック・ホッファー/田中淳・訳/みすず書房/1971年刊 肉体労働とか頭脳労働という言い方になぞらえて、自分は感情の労働者だ、と思っていた時期がある。たとえばある人物のインタビュー記事を引きうけると、その人の著書や…

(お知らせとあいさつ)

諸事情により今週の「捨てられない本」はお休みします。諸事情というか、エリック・ホッファー『波止場日記』と武田泰淳『富士』で迷って決められなかったのが理由。あと、年末だから。 引越しを機に収納しきれない本を手放したのがきっかけで始めたブログで…

無邪気な大人たちへ

『さむがりやのサンタ』/レイモンド・ブリッグズ/訳・すがはらひろくに/福音館書店/1974年刊 何歳までサンタクロースを信じていたか、みたいな話になると、どうも困ってしまう。私には、サンタクロースが架空の人物だと知ってショックを受けた覚えがない…

小説の定義について

『雑文集』/村上春樹/新潮文庫/平成27年刊 フリーライターをしていた頃、私の書いたものを読んで「小説を書いたら」と言う人がたまにいた。そういう人はおそらく小説という形式を文章表現の最上位と捉えていて、「あなたにはそれが書けるよ」という褒め言…

昔の話と、もっと昔の話

『波うつ土地・芻狗』/富岡多惠子/講談社文芸文庫/1988年刊 本を読むことはどこまでも個人的な行為だから、自分以外の誰かに本を勧めることは難しい。その逆も然りで、誰かに勧められたものを読むときも、過剰な期待は相手にも自分にもしないようにしてい…

意味とモラル

『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』/ヴィクトール・E・フランクル/霜山徳爾訳/みすず書房/1961年刊 『夜と霧 新版』/ヴィクトール・E・フランクル/池田香代子訳/みすず書房/2002年刊 新型コロナウィルス感染症が蔓延して、政府が初めて緊急事…

恋愛小説と恋愛観について

『神様のボート』/江國香織/新潮文庫/平成14年刊 引越す前は、江國香織の小説は文庫とハードカバー合わせて十冊くらい持っていた。吉本ばななも山田詠美も桐野夏生も宮部みゆきも、読みたくなったらまた文庫で買えばいいと思って、古本屋へ引き渡す山へご…

憲法と私

『落ち葉の掃き寄せ 一九四六年憲法−その拘束』/江藤淳/文藝春秋/昭和63年刊 中学校の社会科の教科書で現憲法の九条を読んだとき、私は「要するに、誰かを殺すか自分が殺されるかの二択に迫られたときは、自分が死ねってことなんだな」と理解した。それは…

少年の孤独、中年の孤独

『海辺のカフカ』上下/村上春樹/新潮文庫/平成17年刊 私たちが中学生だった頃にはなかった言葉の一つに「陽キャ/陰キャ」というものがある。私たち、というのは年子の姉と私のことで、中学生の頃の姉はまさに「陽気なキャラクター」だった。「今でも職場…

32年後の「心のノート」

『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』/藤原智美/文藝春秋/2014年刊 捨てられないノートが4冊ある。小学校高学年の2年間に担任の先生と交わした交換日記だ。教室の後ろのロッカーの上に専用のボックスがあって、一つは提出用、もう一つは返却…

いくつかのかなしみ

『生きるかなしみ』/山田太一・編/ちくま文庫/1995年刊 近所の家の庭で焚き火をするとのことで日の暮れ方から見物に行くと、家主の友人がひとりふたりとやってきて、八時過ぎには十人少々の集まりになった。二、三人ずつの輪ができてはほぐれ、また別の輪…

"気配り"の行き着く場所

『毎日食べたい、しみじみうまい。和食屋の和弁当』/笠原将弘/主婦の友社/平成25年刊 あるとき会社で昼休みにお茶を汲みにいくと、給湯器の近くに設置された複合機で営業部のSさんが何かの本のコピーをとっていた。私がお弁当を食べ終えてまたお茶を汲み…

先生たちと、先生と呼んでくれた人たちへ

『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』/江藤淳/文春文庫/1994年刊 母校で週に一コマの非常勤をしていた頃のことで、一つ悔やんでいることがある。ある学期の最後に江藤淳の『閉された言語空間』をテキストに指定したところ、翌週の提出課題で「陰…

願わくば今よりも広く深く

『河よりも長くゆるやかに』/吉田秋生/小学館文庫/1994年刊 三十を過ぎた頃、母校大学で週に一コマ作文のワークショップを受け持つことになった。人に教えられるほど作文に習熟しているつもりはなかったけれども、私が辞退すれば枠が一つ空くタイミングで…