ライターズブルース

読むことと、書くこと

2023-01-01から1年間の記事一覧

(お知らせとあいさつ)

諸事情により今週の「捨てられない本」はお休みします。諸事情というか、エリック・ホッファー『波止場日記』と武田泰淳『富士』で迷って決められなかったのが理由。あと、年末だから。 引越しを機に収納しきれない本を手放したのがきっかけで始めたブログで…

無邪気な大人たちへ

『さむがりやのサンタ』/レイモンド・ブリッグズ/訳・すがはらひろくに/福音館書店/1974年刊 何歳までサンタクロースを信じていたか、みたいな話になると、どうも困ってしまう。私には、サンタクロースが架空の人物だと知ってショックを受けた覚えがない…

小説の定義について

『雑文集』/村上春樹/新潮文庫/平成27年刊 フリーライターをしていた頃、私の書いたものを読んで「小説を書いたら」と言う人がたまにいた。そういう人はおそらく小説という形式を文章表現の最上位と捉えていて、「あなたにはそれが書けるよ」という褒め言…

昔の話と、もっと昔の話

『波うつ土地・芻狗』/富岡多惠子/講談社文芸文庫/1988年刊 本を読むことはどこまでも個人的な行為だから、自分以外の誰かに本を勧めることは難しい。その逆も然りで、誰かに勧められたものを読むときも、過剰な期待は相手にも自分にもしないようにしてい…

意味とモラル

『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』/ヴィクトール・E・フランクル/霜山徳爾訳/みすず書房/1961年刊 『夜と霧 新版』/ヴィクトール・E・フランクル/池田香代子訳/みすず書房/2002年刊 新型コロナウィルス感染症が蔓延して、政府が初めて緊急事…

恋愛小説と恋愛観について

『神様のボート』/江國香織/新潮文庫/平成14年刊 引越す前は、江國香織の小説は文庫とハードカバー合わせて十冊くらい持っていた。吉本ばななも山田詠美も桐野夏生も宮部みゆきも、読みたくなったらまた文庫で買えばいいと思って、古本屋へ引き渡す山へご…

憲法と私

『落ち葉の掃き寄せ 一九四六年憲法−その拘束』/江藤淳/文藝春秋/昭和63年刊 中学校の社会科の教科書で現憲法の九条を読んだとき、私は「要するに、誰かを殺すか自分が殺されるかの二択に迫られたときは、自分が死ねってことなんだな」と理解した。それは…

少年の孤独、中年の孤独

『海辺のカフカ』上下/村上春樹/新潮文庫/平成17年刊 私たちが中学生だった頃にはなかった言葉の一つに「陽キャ/陰キャ」というものがある。私たち、というのは年子の姉と私のことで、中学生の頃の姉はまさに「陽気なキャラクター」だった。「今でも職場…

32年後の「心のノート」

『ネットで「つながる」ことの耐えられない軽さ』/藤原智美/文藝春秋/2014年刊 捨てられないノートが4冊ある。小学校高学年の2年間に担任の先生と交わした交換日記だ。教室の後ろのロッカーの上に専用のボックスがあって、一つは提出用、もう一つは返却…

いくつかのかなしみ

『生きるかなしみ』/山田太一・編/ちくま文庫/1995年刊 近所の家の庭で焚き火をするとのことで日の暮れ方から見物に行くと、家主の友人がひとりふたりとやってきて、八時過ぎには十人少々の集まりになった。二、三人ずつの輪ができてはほぐれ、また別の輪…

"気配り"の行き着く場所

『毎日食べたい、しみじみうまい。和食屋の和弁当』/笠原将弘/主婦の友社/平成25年刊 あるとき会社で昼休みにお茶を汲みにいくと、給湯器の近くに設置された複合機で営業部のSさんが何かの本のコピーをとっていた。私がお弁当を食べ終えてまたお茶を汲み…

先生たちと、先生と呼んでくれた人たちへ

『閉された言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』/江藤淳/文春文庫/1994年刊 母校で週に一コマの非常勤をしていた頃のことで、一つ悔やんでいることがある。ある学期の最後に江藤淳の『閉された言語空間』をテキストに指定したところ、翌週の提出課題で「陰…

願わくば今よりも広く深く

『河よりも長くゆるやかに』/吉田秋生/小学館文庫/1994年刊 三十を過ぎた頃、母校大学で週に一コマ作文のワークショップを受け持つことになった。人に教えられるほど作文に習熟しているつもりはなかったけれども、私が辞退すれば枠が一つ空くタイミングで…

つぎはぎの作法

『ヘンな日本美術史』/山口晃/祥伝社/平成24年刊 いつの選挙戦のことだったか、故安倍晋三さんが「日本を取り戻す!」というスローガンを繰り返すのを聞いて、それっていつの日本ですか、とぼんやり思ったものだった。経済成長していた頃のことか、帝国憲…

崩れた本を積み上げる

『アンダーグラウンド』/村上春樹/講談社文庫/1999年刊 外国人観光客が戻ってきたのはいいけれど、お会計のときに「え、こんな安いの!?」みたいに言われるとなんか、この人たちから見ると日本ってもう先進国じゃないんだろうなって思う……最寄駅近くのカ…

読む理由、読まない理由

『アンダーグラウンド』/村上春樹/講談社文庫/1999年刊 酒場や旅先で若い世代の人と雑談する機会に、なんとなく「地下鉄サリン事件って知ってますか?」と話をふってみることがある。自分が15歳の頃に相手が何歳くらいだったか、距離感を測る目安にしたり…

個人的な教訓

『A3』上・下/森達也/集英社文庫/2012年刊 15年以上前に某月刊誌の取材として、某民放の情報番組の打ち合わせを見学したことがある。番組の司会者はスタッフが用意したフリップを指して、「これはどういう意味?」「だったらそう書けばいいじゃない」「…

一時停止からの再生

『「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔』/森達也/角川文庫/平成14年刊 高校一年生のとき、週に一コマ倫理の授業があった。たとえば「ウソも方便か?」とか「男女間で友情は成立するか?」といったテーマが設定され、生徒は配られた紙に自分の考え…

“おふくろの味”の周縁

『料理歳時記』/辰巳浜子/中公文庫/1977年刊 「おばあちゃんの料理で何が好き?」と近所の人に聞かれた甥っ子が「ラーメン」と答えたらしい。麺は市販品だが具やスープを工夫しているようで、特にチャーシューを漬けるタレはここ数年継ぎ足しながら育てて…

「おいしい」の正体

『味覚極楽』/子母澤寛/中公文庫/1983年刊 引越しに向けて本を整理する中で、特に料理関係の本は線引きが難しかった、と前回書いた。処分するか持っていくか、もしなんとなくの基準があったとしたら「類書があるかどうか」だったかもしれない。少なくとも…

地味礼讃

『逃避めし』/吉田戦車/イーストプレス/2011年刊 フリーライターをしていた頃、必要もないのに弁当を作っていたことがある。寝る前に炊飯器のタイマーをセットして、朝、炊き上がった米を弁当箱に詰め、おかずを載せて、冷めたら蓋をして、大判のハンカチ…

羊から逃げてきた話

『羊をめぐる冒険』(上)(下)/村上春樹/講談社文庫/1985年刊 ライター稼業から足を洗おうとしていた私を、引き留めようとしてくれた友人がいた。彼女の紹介で某月刊誌の編集部から連絡があったとき、それはいい仕事、言ってみればお座敷からお声がかかった…

"怒り"ではなく"粘り"を

『戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗』/加藤陽子/朝日出版社/2016年刊 今の若い人たちはもっと怒ったほうがいいと、先日ある年長者に言われて、さて、と考え込んでしまった。とうに四十を過ぎている私を指してのことだったかどうかはともかく、私だ…

電子書籍、私の場合

『HIROHIRO ARAKI WORKS 1981-2012』(ジョジョ展イラスト集)/荒木飛呂彦/集英社/2012年刊 丸三日かけて整理して、業者に引き取ってもらった古本は段ボール17箱分。電子書籍だったなら引越し前にそんな苦労はしなくて済んだはずで、「紙の本はもうこりご…

持っているもの、持っていないもの

『長谷川利行画集』/長谷川利行画集刊行会/中央公論美術出版/昭和38年刊 海を見ながらビールでも飲もうかと思って。引越しの報告にそう付け足すと、どういうわけか誰も彼もが「いいですね」「素敵ですね」と言ってくれた。みんなそんなに海とビールが好き…

書くことと書かないこと

『時に佇つ』/佐多稲子/講談社文芸文庫/1992年刊 ライター業を廃した理由は、その気になれば二ダースは挙げられる。後付けの説明にどの程度の本当が含まれるかは保留として、諸々の中でおそらくはこれが根本的な問題だったかなと現時点で思うのは、良い原…

古い良き今はなき

『ナンシー関大全』/ナンシー関/文藝春秋/2003年刊 どの本を手放してどの本を持っていくか、引越し前の選別作業は時間的物理的限界に迫られてだいたいは「なんとなくの直感」で決まった。珍しく、残した理由をはっきり覚えているのが『ナンシー関大全』。…

修行の一例

『モンテーニュ エセー抄』宮下志朗編訳/みすず書房/2003年刊 ライター時代に懇意にしていた作家の配偶者のもとに、あるとき匿名の怪文書が届いた。「内部告発」と題されたメールが四通、その作家の異性関係を暴露した内容だった。当然のことながらいった…

草花のように草花を

『植物画プロの裏ワザ』/川岸富士男/講談社/2003年刊 中学生になった甥っ子が将来の夢を聞かせてくれた。画家になりたいのだという。小さい頃から絵を描くのが好きで、私を含む親戚みんながその絵を褒めてきたのだが、ちょっと褒めすぎたかもしれない。数…

記憶の栞

『災間の唄』/小田嶋隆/武田砂鉄編/サイゾー/2020年刊 持ってきたと思っていたのに、引越し後に出てこなかった本の一つが阿佐田哲也の『麻雀放浪記』だ。2011年の春に全四巻を一気読みした思い出がある。地震と津波と原発事故を巡って、「自粛」と「風評…