ライターズブルース

読むことと、書くこと

雑誌を買う理由

BRUTUS』914号/マガジンハウス/2020年4月15日刊

 インターネットの普及によって情報がタダで手に入るようになったから雑誌が売れなくなった、という話が嫌いだった。フリーライターをしていた頃は特に、出版関係者の口からそういう話を聞くと「人のせいにされてもなー」とうんざりした。既に出来上がった状況に原因を求めても、結果は一ミリも動かない。非生産的だと思うから嫌いだった。

 加えて、因果論として疑わしいと思っていた。若い頃に私が時々買っていたのは、ファッション関係なら『Olive』か『装苑』、カルチャー関係なら『QUICK JAPAN』や『relax』、テレビはあまり見ないわりに『テレビブロス』も好きだった。情報を買っていたのではない。その雑誌が放つ価値観への共感や憧れが、購入の動機になっていたように思う。

 何がカッコ良くて、何がダサいか。何をおもしろがって、何を切り捨てるか。雑誌という媒体に表れるそれが、相対的に魅力的ではなくなったから、人は雑誌に金を払わなくなったのではないか。統計的に科学的に証明できることではないけれども、雑誌不況と言われる現象の因果はそこにあると考えるようになった。仕事相手(出版関係者)と話が噛み合わないと感じることが年々増えていった。

 2020年4月、転職して三つ目の会社に在籍していた私は、仕事帰りに立ち寄った書店で久しぶりに雑誌を買った。『BRUTUS』914号、海と崖と空の写真に「いつか旅に出る日。」という特集タイトルが浮かんでいる。2月に横浜港で新型コロナウイルスの感染者が確認され、3月に入ると新規感染者数を示す棒グラフが日毎に伸び、日本政府が初めて緊急事態宣言を発令した直後のことだった。駅ビルは営業時間を短縮していたために書店も閉店間際で、その隣の旅行会社のカウンターには人影がないばかりか照明も点いていなかった。

 雑誌をめくれば、アメリカ西海岸のビッグ・サーという集落が紹介されている。ホテルもない、携帯の電波も入らない、伝説的ジャーナリストが執筆の拠点とした土地だという。西オーストラリアのピンク色の湖。イギリスの海上要塞の廃墟を再利用したホテル。このタイミングで、よく取材を組めたものだと驚いたし、この特集で行こうと思ったこと自体がすごい。国内では熊本県天草や青森県八戸も紹介されているが、全体的には僻地が多い印象だ。パンデミックによる移動制限があろうとなかろうと、ぶらっと旅行できないところを編集部は意図的に選んだのかもしれない。

”思い立つ日が旅の始まり”、誌名ロゴの肩にはそんなコピーが添えられている。つまり、コロナ禍にある今現在も、旅を始めることができる。そんなメッセージに敬意と共感を覚えたからこそ、私は700円を支払った。それが雑誌というものだと思う。免疫力アップが期待できる食材のリストとか、芸能人が”自粛"せずに飲み歩いていたといった情報の羅列を、私は求めない。

 引越しを機に雑誌のバックナンバーの大半は処分した。この雑誌のこの号を留保したのは、いつかこれについて書こうと思っていたからかもしれない。図書館のせいで本が売れないという話も、私は嫌いだ。それもいつか書こうと思う。

ビッグ・サーという土地の情報を必要としていたのではない。だから、私は「情報」とは別の何かに金を払ったはずだ。