ライターズブルース

読むことと、書くこと

実用書の効用

『新版・文化服装講座② 婦人服(下)』文化服装学院編/文化服装学院出版局/昭和43年刊

 ご自由にお持ちください、と書かれているとつい「どれどれ」と足を留めてしまうのは、昔から私の性分だったようで、15年以上住んだ部屋を引き払うとなるとその手のガラクタをいっせいに処分することになる。けれども中にはそうと一括りにできないものもあって、その一つが『新版・文化服装講座』。全六巻の二巻目だけ、県立高校の図書室で廃棄処分になって廊下に放り出されていたのを、高校生だった私は拾って帰った。

 洋裁に興味があったわけでもないのに、なぜ持ち帰ったか。まずは豊富かつ詳細な図解に惹かれたからだ。採寸方法、型紙の作り方、芯の当て方、縫い方、裏地の始末、襟やポケットのバリエーション、一から十までこと細かに解説されている。全体の構成も念が入っていて、洋裁一般の原理原則から始まり、スーツ、コート、社交服、なんとスキー用のスラックスやブラジャーの作り方まで、まさに至れり尽くせり。奥付によると昭和43年刊。六巻組の他の巻は、古書店で探しても見つからなかったし、当時洋裁というものがどれほど一般的だったかは想像するほかないけれども、もしこれを全六巻持っていれば一生着るものに困ることはなかったろうと思わせる頼もしさだ。巻末に貼られた貸出票には5名の生徒の名前が記されていて、最後の貸出は昭和53年6月23日。平成10年に廃棄処分とされたのは、20年間貸出されていなかったことに加えて、本自体が痛んでいたからだと思う。

 実用書としてどれほど優れているか。その証拠に、洋裁のヨの字も知らなかった当時の私は、この本を眺めているうちに「服って作れるんだ~、へえ~」と感心して、「だったら作ってみよっ」と勢いに任せて、ミシンも持っていないのに手縫いでコートを仕立ててしまった。それで、その冬はそれを着て学校に通った。よそ目には相当不恰好だったに違いないが、自分のために自分の手で拵えたコートを着て学校に行くときの気分。あれを自己満足というのだと思う。そして、それこそが実用書というジャンルの本が発揮する最大の効用なんじゃないかと思う。

 コート一着で味をしめた私は卓上ミシンを買ってシャツやズボン、スーツやワンピース、一通り作った。それで実感したのは、既製服というものは存外安いということだ。ズボンの股のところはミシンを通すのが難しく、履けることは履けるけれども履き心地の良いものは、結局作れなかった。ブラジャーに至っては、こんな小さな布キレがなぜこんなに高いのかと嫌々買うのが常だったが(そもそも私の場合は物理的にあまり必要を感じていなかったせいもある)、作ってみるととても着用に足る代物にはならなかった。材料費と時間と仕上がりをトータルすると、結局は買ったほうが安いという結論に落ち着いて、大学3年生の冬にロングコートを仕立てたのを最後に洋裁からは手を引いた。

 文化服装学院が刊行している最近の教本や、型紙付きの雑誌「装苑」のバックナンバー、長らく使っていなかったミシンも、引越しを機に処分した。多分おそらく、この先自分で服を作ることはないと思う。ないと思うけど、もしかして。その気になれば。いざとなりゃあ、作れるゾ。頁を捲れば今でもそういう気分にさせてくれるから、この本は捨てられない。

一個800円のボタン代をケチった結果のアシンメトリーデザイン