ライターズブルース

読むことと、書くこと

20年越しの「編集」考

『圏外編集者』/都築響一/朝日出版社/2015年刊
同/ちくま文庫/2022年刊

 文学フリマというイベントが初めて開催された年、私が在籍していた大学のゼミでも、作品集を出品しよう、ということになった。自分たちの書いた小説(のようなもの)を一冊にまとめるにあたって、タイトルをどうするか、表紙デザインや本文レイアウトを誰が担当するか、小説以外にどんな記事を入れるか等々、いわゆる編集という作業を学生同士であれこれ話し合いながら進めた。

 学期末になると、教授が招いた四、五人の編集者が講評をしてくれた。質疑応答の際に挙手をして「編集の仕事って、結局のところ何ですか?」と質問したのは、なんとなーくソレをやってみたけれども、ソレがなんであるか、わからなかったからだ。

「著者と伴走することだと思います」

「いろいろな作業をするので一口には言えない」

「締め切りを設定して、進行管理すること」

 そっかナルホド、と納得できる答えは得られなかった。相手はプロの編集者だし、こちらはただの学生だし。きっと私の質問の仕方がまずかったんだな、と思った。あれから二十年以上経つ。

 就職が決まらないまま卒業して、フリーライターという肩書きで十年少々世渡りをして、それを廃業して数回の転職をして。今になって思うのは、もしかすると彼らだって「編集とは何か」なんて、わかっていなかったんじゃないか。

この本は「売れる企画を作る」のにも「取材をうまくすすめるコツ」にも、まして「有名出版社に入る」のにも、ぜったい役立たない。がんばればがんばるほど業界から遠ざかってしまった僕のように(2015年のいま、持っている連載は2つしかなくて、ひとつは月刊、もうひとつは季刊誌という有り様だ)、むしろ自分が人生を賭けてもいいと思える本を作ることが、そのまま出版業界から弾き出されていくことにほかならない2015年の日本の現実を、「マスコミ志望の就活」とかに大切な人生の一時期を浪費している学生たちに知ってほしいだけだ。給料もらって上司の悪口を言いながら経費で飲んでる現役編集者たちに、出口を見せてあげたいだけだ。(「はじめに」より)

『圏外編集者』は刊行当時に店頭で手に取ったものの、結局買わなかった本だ。その頃の私は、出版業界というものを対象にライター根性を発揮してあれこれ調べまわった挙句、「不毛地帯」との結論に至りつつあった。そもそも都築響一さんは、私から見れば「ギョーカイど真ん中」の人であり(朝日新聞で書評を書いていたし、都内のちょっと変わったクラブやラウンジの内装やら何やらで名前を聞いたりもした)、そういう人が圏外に弾き出されていく現状を、もうこれ以上は知りたくない、お腹イッパイ、という心境だった。

 最近、散歩がてら訪れたブックカフェの本棚で、再びその本と目が合った。ここ数年は出版と関係のない仕事をしていたからか、ある種の懐かしさを感じて頁をめくってみると……。

──毎朝毎晩、服や靴選びに凝りまくるファッショニスタ(笑)だって、毎晩の夕飯に選び抜いたワインがないとダメ、みたいな食通だって少数派だ。多数派の僕らは、どうしてそういう少数派を目指さなくちゃならないのだろう。

──ふつうは泊まれない一流ホテルや旅館の本がいくらでもあって、ふつうに泊まれるラブホテルの本が一冊もない。テレビを見ても、雑誌を読んでも、紹介されているのは自分の小遣いでは一生泊まれないような宿ばかり。

──難しい現代詩は読んでもわからない。でも夜中に国道を走っていて、ヘッドライトに浮かんだ『夜露死苦』や『愛羅武勇』なんてスプレー書きを見てドキッとしたり。

 ……頁をめくる手が止まらない。買って帰ってその日の夜に読み切って、布団の中で考えた。編集ってたぶん、既存の何かに対して、その価値を上書きしてパッケージングすることだ。何にどんな価値を見出すか、それを「編集のセンス」と呼び、商品として流通させるためのやりくりを「編集のスキル」と呼ぶんだと思う。

 狭くてごちゃごちゃした東京の若者の部屋を撮りまくった写真集も。吉祥寺のラブホテルの屋上に設られた「自由の女神像」みたいなB級観光スポットのガイドブックも。ラッパーのリリックや死刑囚の俳句を集めた詩集も。都築響一さんって「ギョーカイど真ん中」というより「編集ど真ん中」の人だったんだなあ。

 ブックカフェ「惣common」では新品も古本も同じ値段で売っている、「読書を通した経験や感動は変わらない」から。本棚は独自のテーマで分類されていて、『圏外編集者』は「はたらくを考える」という棚に挿さっていた。ここにも「編集」がある。

テラス席は北向きで、建物の影が本を読むのにちょうど良い。本から目を上げると竹林が、ソファに首を預けると青空が。読み終わった本は七掛で買い取ってくれるそうなので、また行こう。