アンディ・ウォーホルといえばアメリカン・ポップアートの巨匠で、日本国内でもわりと頻繁に大規模な回顧展が催されている。でも、私は観に行ったことがない。画集を開いたこともないし、著書を読んだこともない。ファンであるとはとても言えないはずだった。
『ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡』という本を手に取ったのは、著書の宮下規久朗さんに興味があったからだ。新刊をチェックするつもりで何気なく検索していたら、十年以上前のこの著書が目に留まり「カラヴァッジョやフェルメールについて書いた人にしては少し意外だな」と思って古書を取り寄せた。
頁を捲ってみると、紹介されているウォーホル作品のほとんどに見覚えがある。「ファクトリー」と呼ばれた制作スタジオのこと、「アンダーグラウンドの帝王」と称されるに至ったエピソードのいくつか、「機械になりたい」とか「誰でも15分間は有名になれる」といった従来の芸術家像を裏切る発言の数々。展覧会に行ったこともない、著書を読んだこともないのに、どうして私は知っているんだろう。
まあそれだけ有名な人だったということだな。そういえば高校の美術の教科書にも載っていた、デュシャンやポロックやリキテンスタインと同じ頁に。でも教科書にそれほど詳しく載っているわけもないしなあ。……不思議な気持ちで読み進めるうちに、やっと思い出した。高校生の頃、木場の現代美術館でウォーホル展が開催されていたことを。しかもその企画には著者の宮下さんが関わっていたらしい。私に刷り込まれた知識は、当時、雑誌のウォーホル特集を見てのものだったと推測される。
雑誌を見るくらい興味があったなら観に行けばよさそうなものを……と再び疑問に思い、再び思い出す。私は展覧会に行く代わりにそのチラシを横浜の美術館で数十枚くすねてきた。裏面に印刷されていた洗剤の箱を模した作品の写真をハサミで切り取って、トイレットペーパーのロール紙に延々と糊で貼り付けて遊んだりした。
それだけじゃない。東急ハンズでシルクスクリーン(ウォーホルが多用した版画の一種)の製版キットを買ってTシャツを刷ったりもした。アイロンの熱を利用する市販のキットでは飽き足りず、ヨドバシカメラで感光塗料を買って、化学準備室に付設されていた暗室で製版を試みたり。自前の感光製版がうまく行かず、結局業者に頼んだ記憶も甦る。それを使って、通学路の壁面にストリートアート的なものを描いたことも(立派な器物損壊だ、とうに時効だけど)。
思い出してみると「ファンだった」どころじゃない、見事にかぶれていたではないか。展覧会に行かなかったのも、おそらく「敢えて」のことだ。大量生産・大量消費という現代社会自体を表出したこの人の作品を、美術館という保守的な場所でお行儀よく鑑賞するのは「何か違う」。そんな感覚でたぶん、自分なりのやり方で共鳴しようとしていたんだと思う。
実際のところ、シルクスクリーンをきれいに製版して印刷することはなかなか難しい。同じ図版を何度でも刷れるのが版画の長所だが、一つの画布に連続して刷ろうとすると、インクを載せたくない部分にインクが重なって、ぐちゃぐちゃになってしまう。けっこうお金もかかるから、すぐに懲りて「日本のウォーホル」を目指したりはしなかった。
とはいえ『間取りの手帖』という私の最初の本は、賃貸情報雑誌で集めた変わった間取り図を100点ばかり掲載したものだった。極端に字の少ない本だから、表紙に自分の名前を入れることに抵抗を感じて「なるべく小さい字にしてください」とお願いした記憶がある。既存のイメージの再利用と、作家性の除去。
宮下規久朗さんはウォーホルを「ピカソと同じかそれ以上に、美術のあり方や考え方を変えてしまった」存在として位置付けている。美術全体のことは知らないが、私個人に限って言えば、明らかにピカソ以上のインパクトを受けていたのだ。気づかないうちに。
ある時点から、ウォーホルはあまりにも名声を博したために機械のような作者でいることがかなわず、華やかな取り巻きの言動やマスメディアへの大々的な露出によって自らを神格化してしまった。自らが、マリリンやエルヴィスと同じような大衆的なイコンとなってしまったことは、必然的に彼の意図する作者の匿名性や機械的な生産方式と齟齬をきたすことにもなったであろう。(中略)
そして、名声の高まりとともに、自らをイコンのように神格化した自画像を生むようになってしまったこと自体が、作者の匿名性と機械化を追求してきたはずのウォーホル芸術の終焉を告げているのである。(「第6章 ウォーホル芸術の終焉」より)
先週、音楽イベントの会場でウォーホルの「ミック・ジャガー」がプリントされたTシャツを着ている人を見かけた。
今年はキッチンの壁に安西水丸さんのカレンダーをかけている、6月の絵の背景に「キャンベルスープ」が描かれていることに昨日気がついた。
そんな風にさりげなく、日常生活に紛れ込んでいる。ほとんどその人の名を思い出させることもなく、常にどこかで消費され、再生産されている。私が生きている間は、たぶんずっと。