ライターズブルース

読むことと、書くこと

14歳の彼へ

個人的14歳向け課題図書

 中学二年生の甥っ子に、姉が手を焼いているらしい。学校のプリントを失くしたとか宿題を放ったらかしにしているとか、親としてヤキモキする気持ちはわかる。一方で祖父母や叔母(私)の前でそういう話をされて、余計にふて腐れる甥っ子の気持ちも。こういうとき、どちらか一方に肩入れすると話がこじれがちだ。
「夏休みの宿題、読書感想文だったら私が見てあげようか」
 話の方向を少しずらすつもりで言ってみると、
「……よろしくお願いします」
 私や姉が中学生だった頃と比べれば、全然素直じゃん。かわいいなあ。

 そんなわけで、差し当たって甥っ子にオススメの本をいくつか見繕う、というのが私の宿題になったのだが、やってみると難しい。何に興味があるんだろう? どのくらい読めるんだろう? おもしろいな、もっと読みたいなと思ってもらえたら嬉しいけど、その逆に陥る可能性もある。自分が中学生の頃に読んだ本を思い出してみたり、本屋でライトノベルコーナーを物色してみたり。

 あまり多くを望んではいけない、自分にも、甥っ子にも。最低限の目標として、世の中にはいろんな本があるよと伝えられるように、フィクション三冊と非フィクション三冊を選んでみた。

 

『海がきこえる』新装版/氷室冴子/徳間文庫/2022年刊

 男子高校生の恋と友情を描いた青春物語。姉の情報によると「彼女がほしい」お年頃、その手の小説も一つは入れておこうと思って。私は中学生の頃(30年前)にハードカバーで読んだ記憶がある。もっと最近の小説のほうがいいかもしれないけど、新装版が出ているということは今の少年少女にも通じるだろうと期待して。

 東京と地方。大人と子ども。男の子と女の子。久しぶりに読んでみると、その間にあるもののグラデーションが鮮やかだ。付きあう付きあわないとか、やるやらないとか、結果や白黒より大事なものがあるよと、叔母としては言っておきたい(直接は言わないけど)。

『天使のナイフ』新装版/薬丸岳/講談社文庫/2021年刊

 ミステリー(謎解き小説)を一つは入れようと思って選んでみた。私が中学生の頃は、学校の近くの古本屋で赤川次郎とか内田康夫とかアガサ・クリスティーの文庫本を100円200円で買って読み耽ったものだった。おかげでとりあえず語彙は増えた。語彙が増えると読める本が増える。

 薬丸岳さんは少年犯罪を題材とした作品を多く書いている。デビュー作『天使のナイフ』は少年三人の凶行によって妻を失くした男性が主人公で、正邪の判断が難しいところを描きながら倫理観が保たれている。もちろん「あっと驚く結末」もあり。いわゆるミステリーの中では、中学生の読書感想文としてアリだと思う。

『時をかける少女』新装版/筒井康隆/角川文庫/2006年刊

 古すぎるか? SFを一つ入れようと思ったけれども、私自身が若い頃にその分野の小説を読んでこなかったから、中学生が楽しめそうな作品が他に思い浮かばなかった。加えて、筒井康隆さんは女性より男性に人気の作家というイメージがある。もしかするとSFというジャンル自体も。一応、甥っ子と私の性差も考慮に入れてみた結果。

 意識したわけではないけど、フィクション三作はどれも文庫の新装版だ。加えて、アニメ、映画、ドラマ化されている。機会があったら(本人が観たいと言えば)、原作と映像作品を比べてみるのもおもしろいかもしれない。

 

『フェイクニュースがあふれる世界に生きる君たちへ 増補新版 世界を信じるためのメソッド』/森達也/ミツイパブリッシング/2019年刊

 メディアリテラシーの啓蒙書。甥っ子がスマホばかりいじっていると姉がこぼしていた、今のご時世ではそれも仕方ないんだろうけど。「ニュースは間違える」「ニュースを批判的に読み解こう」「きみが知らないメディアの仕組み」「真実はひとつじゃない」「フェイクニュースに強くなるために」……目次に目を通すだけでも、何かの足しになれば良い。

 内容はともかく、ふりがなや挿絵入りの体裁は小学校高学年向けに見える。自尊心を損なわないように、紹介するときには同じ著者のノンフィクション『A』もすすめておこう。

『〈オールカラー版〉美術の誘惑』/宮下規久朗/光文社新書/2015年

 美術史家による美術エッセイ。新聞連載の新書版だから、語彙の面では少し難しいかもしれない。でも一章は六頁と短く、古今東西の美術作品がカラーでたくさん載っている。図版を眺めるだけでもいいし、「おや」と思う絵があったらその章だけ読めばいい。

 一年くらい前は「画家になりたい」と言っていた甥っ子が、最近はあまり描かなくなっているらしい。興味関心があちこちに向くのは当たり前で、私自身、中一のときの夢がなんだったかなんてとうに忘れてしまったけど。描くばかりでなく、絵を見る楽しみもあるよと伝えておきたい。

『高校図書館デイズ 生徒と司書の本をめぐる語らい』/成田康子/ちくまプリマー新書/2017年刊

 高校の図書館司書が生徒の話を聞き書きした体裁のエッセイ。好きな本の話を中心に、吹奏楽部や山岳部といった部活の話もあり、受験の話もあり。二年後、三年後の高校生活を想像するときに、ちょっと参考になるかもしれない。

 しかしまあ、読んでいる子は読んでいる。寺山修司とかドストエフスキーくらいは驚かないけど、漢字辞典が一番好きだとか、旅行ガイドで仮想旅行を楽しんでいるとか。石原吉郎の詩集を愛読している高校二年生なんて、私は迂闊に本を勧めたりできないぞ。甥っ子がそんな風に育ったら……それはそれでおもしろいか。

 

 最後に番外編。

『14歳の君へ どう考えどう生きるか』/池田晶子/毎日新聞社/2006年刊

 彼は当の「14歳」であるし、ベストセラー『14歳からの哲学』の平易バージョンということで、手に取ってみたものの、勧めるべきかどうか決めかねている。「誰かに好かれることよりも、自分が誰かを好きになることのほうが大事だ」とか「社会とは複数の人間の集まりを指す言葉で、それ以上でも以下でもない」とか。たとえば学校の人間関係で悩んだときに、こういう考え方ができるといいなとは思うけど。

 中学生の頃、もし私が親戚からこのタイトルの本を勧められたら「ウザイ」と思ったに違いない。要するに、デリカシーの問題だ。こういう本は、親の本棚に挿さっているのをこっそり抜き取って半信半疑で拾い読みするくらいが丁度いいんじゃないかなあ。そう言って、姉に渡そう。

人にすすめる本を選んでみると、自分の読書の癖や偏りが見えてくる。たとえば、自己啓発書の系統がどうも苦手らしい。「私」という主語がない文章、視点や立ち位置が不透明な文章は読むのも書くのも苦手。なんでだろうなあ。