ライターズブルース

読むことと、書くこと

2023-01-01から1年間の記事一覧

裏と表とその中身

『うらおもて人生録』/色川武大/新潮文庫/昭和62年刊 飲み屋のカウンターで背後を人が通り過ぎる気配がした。カウンターの中の人が「ありがとうございました」と声をかけたが、相手は無言のまま立ち去ったようで、中の人は眉を八の字に下げて呟いた。 「…

転職者の見た景色

『高橋是清自伝』上下/高橋是清/上塚司編/中公文庫/1976年刊 中小企業の広報部門に在籍していたことがある。『高橋是清自伝』はそのときに資料として読んだ。経営者向けのコンサルティング・サービスを提供する会社で、広報部門では顧客向けの会報誌やメ…

脱走の記憶

『「本が売れない」というけれど』/永江朗/ポプラ新書/2014年刊 引越しに向けてなるべく本を減らそうと思ったときに、比較的早く整理が進んだのは新書だ。文庫本や単行本と比べると、新書には時流がより濃く反映される傾向がある。少なくとも私が持ってい…

【備考】Amazonリンクの掲載について

久しぶりに日本の出版事情について考えていたら気分が暗くなったので、バラを買ってみました。 先週から各記事の末尾にAmazonリンクを貼っています。記事を閲覧された方がリンクからAmazonでお買い物をすると、売上の数%が「協力報酬」として私に支払われる…

弟子時代の遺物(その二)

『サミング・アップ』/モーム著/行方昭夫訳/岩波文庫 いま私の手元にあるサマセット・モームの文庫本はすべてF先生宅から貰い受けたものであることは前回に書いた。書いた後で思い出したことがあり、思い出した後で考えたことがある。 「モームだけでい…

弟子時代の遺物(その一)

『お菓子と麦酒』/サマセット・モーム/厨川圭子訳/角川文庫/平成20年刊 引越しから半年以上経ってようやく本の収納場所を定めて、ジャンルや判型、作家ごとにざっくり整理してみると、サマセット・モームの文庫本が十冊くらいある。全体量と比べれば好き…

贅沢と極道

『私の作ったお惣菜』/宇野千代/集英社文庫/1994年刊 海の近くに住んだら、いつでも海を見ながらビールが飲めるなあ。そんな思い付きでの引越しだったから、歩いて海に出られる以外の条件はほとんど全部妥協した。最大の難点は本棚を置くスペースがないこ…

雑誌を買う理由

『BRUTUS』914号/マガジンハウス/2020年4月15日刊 インターネットの普及によって情報がタダで手に入るようになったから雑誌が売れなくなった、という話が嫌いだった。フリーライターをしていた頃は特に、出版関係者の口からそういう話を聞くと「人のせいに…

読者と、それ以外

『国境の南、太陽の西』/村上春樹/講談社文庫/1995年刊 村上春樹の話になると「私はちょっと……」と申し訳なさそうに言う人がいる。現役の世界的作家の作品を読んでいないとか、読んだけど楽しめなかったというのは、なんとなく肩身の狭いもので、白状する…

18年目の追悼

『百日紅』上下/杉浦日向子/ちくま文庫/1996年刊 好きな作家の本は捨てられない、というよりは、捨てられない本こそが好きな作家の本、かもしれない。読破しようと意気込んで買い揃えた覚えはないのに数えてみれば10冊以上ある。もう読まないものは処分し…

一途にはなれない

『吉兆味ばなし』/湯木貞一/暮らしの手帖社/昭和57年〜平成4年刊 某城下町に知る人ぞ知る割烹の名店があるとの案内を得て、ついて行ってみると期待を上回るとてもおいしいお店だった。案内をしてくれた人に、『吉兆味ばなし』の世界だと思いました、と感…

絵をみること、本を読むこと

『絵のなかの散歩』洲之内徹/新潮文庫/平成10年刊 本に始まり、本に終わる。それが私の引越しだ。机や床に積み上げられた本をどかさないことには荷造り一つできない。越してしまえば生活必需品を開梱し、足りないものを買い足すことに追われる。洗濯と入浴…

フェミニスト礼賛

『ミレニアム』1〜3部/スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂、岩沢雅利、山田美明訳/ハヤカワ文庫/2011〜2012年刊 引越し先が決まって一世一代の断捨離に取り組まんとする私に、ある人が助言してくれた。 「また買える本は、いいと思いますよ。買え…

実用書の効用

『新版・文化服装講座② 婦人服(下)』文化服装学院編/文化服装学院出版局/昭和43年刊 ご自由にお持ちください、と書かれているとつい「どれどれ」と足を留めてしまうのは、昔から私の性分だったようで、15年以上住んだ部屋を引き払うとなるとその手のガラク…